◎ 希少な戦前の本格派である彼の作品を初めて読む人へのおすすめとして創元推理文庫『日本探偵小説全集〈5〉濱尾四郎集』とどちらを選ぶか迷ったが、数少ない長篇をすべて収録しているこちらの『濱尾四郎全集』第二巻をセレクトした。本書は桃源社版の『濱尾四郎全集』全二巻を沖積舎が外装を変えて復刻したもので、第一巻では短篇・随筆を収めている。テキストの中身はいわゆる影印本というか桃源社版と同じ紙型のようだ。
長篇にしか出てこない私立探偵・藤枝真太郎は元検事で女嫌い。ワトソン役の小川雅夫は藤枝の高校時代の同級生。この小川が「殺人鬼」といい「鉄鎖殺人事件」といい、やたら女に一目ぼれするし母親と同居だし、戦前の日本探偵小説には珍しいヘタレ・キャラだ。なお第三長篇になる筈だった「平家殺人事件」は中絶したので、序盤のみで終わっている。
◎ 翻訳臭を感じるとの評価もある「殺人鬼」だが、戦前の本格長篇としては破綻も無く、よく出来ている。江戸川乱歩「魔術師」と並んでヴァン・ダインの色が濃いけれども、咀嚼後の表現は異なるので興味があったら読み比べてみるといい。書き下ろし長篇企画「新作探偵小説全集」全十巻(新潮社)のひとつとして昭和8年に発表された「鉄鎖殺人事件」も、やや通俗的と言われるがストーリーは纏まっており悪くはない。
濱尾四郎自身が「検事 → 弁護士」という職業柄、他の作家よりも法律に詳しいため作品にハッタリを効かせられなかったという説もある。反対にその緻密な性格で、長篇のストーリーをあるべき結末へもってゆく力という意味ではなかなか上手い。同性愛への興味もあっただけに、乱歩の「孤島の鬼」とは別の形でそれを活かした作品を執筆していたら、どのような物語が出来上がったろう。わずか四十歳で早世したのが誠に惜しまれる。
◎ 「殺人鬼」の初出連載は昭和6年の『名古屋新聞』。ムードを高める吉邨二郎の挿絵が毎回添えられたのだが、当然この全集には挿絵収録は無し。戦前の日本小説文庫『殺人鬼』(前・後)でも創元推理文庫『日本探偵小説全集〈5〉濱尾四郎集』でも、残念ながら、ごく一部の挿絵しか見ることができない。どうにかして吉邨二郎の挿絵が全点揃っている状態の「殺人鬼」を読んでみたい。
(銀) 全集と謳っているが、第一巻には「富士妙子の死」や「途上の犯人」など、漏れているものもあったりする。あと、ちゃんと事実確認をしていないが、第二巻の「平家殺人事件」は連載雑誌『オール・クヰン』が廃刊になって中絶する最終号の掲載分が含まれていないという話をどこかで読んだ記憶が。
この沖積舎版は一冊の定価が7,000円以上と高額。Amazon.co.jpへのレビュー投稿時に★4つにしたのはそのせい。とはいえ、以前と比べて元の桃源社版の古書相場が市場でだいぶ安くなっているのをたまに見かけるので、今から買うならお手頃価格の桃源社版を古書で探すほうが函入りだしオススメかも。