論創ミステリ叢書 第21巻
2006年12月発売
★★★★★ 満洲の探偵小説家
〈論創ミステリ叢書〉は大手出版社なら相手にもしないような幻の探偵作家を発掘してくれる。中村美与子とか西尾正とか戸田巽とか、一般的には全然名を知られていないマイナーな人達の、過去に単行本化されていない作品をよくぞ纏めて発売したものだ。この大庭武年もそんな作家のひとり。
大陸に渡り満鉄に勤務した経歴を持ち、『新青年』『ぷろふいる』など内地の雑誌媒体以外にも満洲の紙面上に発表された執筆多数ゆえ、その時代の著作には未だ不明なところもある。本書は郷英夫警部が活躍する5作「十三号室の殺人」「競馬会前夜」「ポプラ荘の事件」「牧師服の男」「海浜荘の惨劇」、それとシリーズものではない「旅客機事件」を収むる。
更にレアな作品は『大庭武年探偵小説選 Ⅱ』のほうに集中。
著者の最大の魅力は外地風俗の豊かな描写にある。本人は純文芸を書くことを望んでいたらしく探偵小説の執筆は余技だったろうか。だが話の芯はミステリ寄りとして完成している。満洲人の特徴やリリカルな情景スケッチをもっと徹底してもよかったのでは・・・とは読了後に思った。満洲の研究者にも格好の材料となるだろう。
(銀) 過去、郷警部シリーズ短篇はアンソロジーによく単品採録されていた。満洲の探偵小説関連といえば大庭の他に、山口海旋風・群司次郎正らがヒットする。既に売り切れてしまい古書で探すしかないのだが、せらび書房『外地探偵小説集』の満洲篇には上記三人の作が収録されている。
ちなみに郡司次郎正ではなくて群司次郎正のほうが正しい表記だと思うのだけども、wikipediaをはじめ平気で郡司と書いている人が多い。どうなってんの?