2020年6月19日金曜日

『怪奇探偵小説名作選 9/氷川瓏集/睡蓮夫人』

2013年7月19日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

ちくま文庫 日下三蔵(編)
2003年8月発売



★★★★★    病める貝が産んだ真珠



病で療養生活を送らざるをえなかった探偵作家は優れた幻想的作品を産み落とす。結核を患ったことで、自由気儘な日々を奪われたであろう氷川瓏またしかり。女性探偵作家以上に繊細なタッチで読ませる全十六篇。



「乳母車」「春妖記」「白い蝶」「白い外套の女」「悪魔の顫音」

「天使の犯罪」「風原博士の奇怪な実験」「浴室」「窓」「睡蓮夫人」

「天平商人と二匹の鬼」「洞窟」「陽炎の家」「華胥の島」「路地の奥」「風蝕」

 

 

よく引合に出される「乳母車」「白い外套の女」「睡蓮夫人」よりも、眠っていた異性への感情がめざめることで悲劇が生じるタイプの作のほうが気に入った。それはサナトリナム勤務の地味な看護婦が男性患者に媚を売る同僚に殺意を抱く「天使の犯罪」と、結ばれなかった女との再会が八年前の悔恨を不条理な憎悪に変えてしまう「洞窟」の二篇。

 

 

閉ざされた観光地の離島に死んだ筈の想い人が現れる「華胥の島」、田舎に引篭もった都市生活者が住民との付合いを強制させられる煩わしさを描いた「陽炎の家」も含め、ここぞという場面でのエロティックな展開がたまらない。

 

 

「風原博士の奇怪な実験」で性の人工転換「天平商人と二匹の鬼」は寓話風といった具合に微妙な変化を付けるも、非常に寡作な氷川瓏の本流は喪失感とノスタルジア、そしてそこから来る妄想が引き起こすバッドエンドへの過程を実にデリケートに書いているところにある。ただ例外もあり、最後の「風蝕」はラストシーンの後に主人公の男女がどうなったのか、読書の想像に任せているのも悪くない。

 

 

氷川の創作著書は本書だけしかなく、このちくま文庫『怪奇探偵小説名作選』全十五巻の中でも特にレアという意味で最も押えておくべき一冊。江戸川乱歩の少年物リライトや海外ミステリのジュブナイル向け翻訳の方に目が行きがちだけれど、創作は思った以上に佳作ばかりで満足。

 

 

 

(銀) 「論創ミステリ叢書はレアものを次々出しているから買うべきなのはわかってるけど、価格が高いし本棚が嵩張るし・・・そんなにしょっちゅう買ってられんわ」という意見もある。

 

 

そんな一般読者を救済するため、このシリーズみたいに文庫レベルで、長年新刊で出ていなかったり読むのがなにかと大変なレア作品を集めて一冊作る努力は忘れられてはならない。しかし、文庫という媒体は大手出版社しか出す体力が無いし、今のまま紙の本の扱いを粗末にしていったら、マニアックな書物は結局商業ベースだと高額で分厚いハードカバー本ばかりになってしまいそう。

 

 

レア作品を文庫収録するには、もう同人出版しか選択肢がなくなっていくのだろうか。そうすると発行数が少ないから、やっぱり文庫には見合わない高い値段にされるんだよなあ。