2020年6月21日日曜日

『探偵小説のプロフィル』井上良夫

2013年1月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会 <探偵クラブ>
1994年7月発売



★★★★★   彼こそ日本における探偵小説評論の草分け





「論創ミステリ叢書」の先駆けでもある国書刊行会の「探偵クラブ」シリーズ。その中でも最大の目玉が本書。井上良夫は日本で最初の本格的な探偵小説評論家と呼んでいい。翻訳者としても活躍、「赤毛のレドメイン一家」「Yの悲劇」「スターベル事件」などを手掛け、リアルタイムで戦前の我が国に本格ものを紹介し続けた功労者だ。

 

 

彼の評論は初めて単行本に纏められた。

アントニー・アボット/エラリー・クイーン/アガサ・クリスティ/

S・S・ヴァン・ダイン/イーデン・フィルポッツ/F・W・クロフツ/コナン・ドイル/

A・E・W・メイスン/オースチン・フリーマン/ウィルキー・コリンズ/

ロナルド・A・ノックス/ロジャー・スカーレット/クリストファー・ブッシュ/

ほか多数の海外作品、

更には江戸川乱歩/小栗虫太郎/蒼井雄/木々高太郎ら国内作家にも触れている。ディクスン・カーはよりもっと取り上げられるべきだったのに、斯様にして日本でのカーの浸透は戦前はおぼつかなかった。

 

 

井上の評論は(翻訳しかり)とても読み易く理知的で、戦後に日本探偵小説界で本格ものが開花する種蒔きとなる多大な貢献を果した。終戦まであと四ヶ月という昭和20年の4月、三十六歳の若さで病没してしまったのは大いなる損失である。彼に触発された江戸川乱歩が探偵小説読者のバイブルとなる書物『幻影城』(昭和26年)を上梓する際に井上への献辞を記したことは有名。もしも彼が生きていたら探偵小説界はなお活発化しただろうし、戦後はすっかり評論家になってしまった乱歩の作家人生もひょっとして違うものになっていたのではないだろうか。

 

 

戦前の日本で刊行された評論となると例えば昭和12年のH・D・トムソン『探偵作家論』があるが、廣播州なる人物の悪訳のせいで非常に読み難かったりする(よってその後は全く再発されていない)。それに比べたら井上の文章は誰にでも判り易いので、海外古典ミステリの読者と戦前日本探偵小説の読者、そのどちらにも是非読まれてほしい素晴らしい一冊。 

 

 

 

(銀) 井上良夫って実は今でも正当に評価されていない気がしてどうも納得がいかない。中島河太郎といい、評論家へのリスペクトはいまいち軽んじられているようだ。軽んじられているといえば本書の属する〈探偵クラブ〉全十五巻もそうで、藤原編集室が企画したこのシリーズは各収録作家の〝いいとこどり〟が絶品。全巻必携必読。