2021年6月28日月曜日

『探偵新聞/占領期のカストリ・探偵小説関係新聞』

NEW !

金沢文圃閣  石川巧(監修・解題)
2021年5月発売



     読み取りにくい文字、疑問の価格



敗戦から二年後、松崎尚という人物が江戸川区小岩を拠点に発行し始めた『探偵新聞』。マイナーなカストリ新聞で、普通の新聞のようにバックナンバーが図書館に所蔵される事もなく歴史の闇に消え去ってもおかしくないところだったのだが、江戸川乱歩が大部分の号を保存してくれていたので、足りない分は旧ミステリー文学資料館と国会図書館のプランゲ文庫にて補い、復刻発売に漕ぎ付けることができたと云う。私も見るのは初めて。

 

 

19477月から19493月まで旬刊ペースで全55号発行。今回第35号だけは入手できなかったそうで、完全なコンプリートではない。最終号では「終わります」とも何も告知が無く、突然のカット・アウト。タブロイド判の新聞そのものを適宜縮小して複製収録した〈本体〉と、解題・目次細目を載せた〈別冊〉の二冊セットによるリリース。(追記:本体リリース後、金沢文圃閣は欠けていた第35号の複写を頒布した。)

 

                    


本書刊行の知らせを聞いて私は、日本の探偵作家が積極的に紙面参加し当時発生した実際の犯罪に向き合ってその都度コメンテーターの役割を果たすという、そんな内容を想像していた。確かに乱歩以下探偵作家クラブがこの新聞を支えているのは間違いないが、乱歩たち探偵作家が事件にコメントしているのは意外にも一度だけ。『探偵新聞』のおおまかな紙面構成はこんな感じである。


 

創刊号は8面、第2号からは4面構成

A  その時々のホットな猟奇エログロ犯罪(トップ記事)

B  探偵作家の寄稿

C  探偵作家近況・映画・その他の情報記事

本紙のキャッチ・コピーは「社会の照魔鏡 防犯の羅針盤」と掲げられているが、防犯に役立つ記事なんてあったかな?

 

 

では何と言っても「帝銀事件」を取り上げた回数が一番多い。事件発生から半年ちょっと経った第40号に平沢貞通の名がデカデカと登場。戦後は何も悪い事をしていないのに阿部定と妻木松吉(=説教強盗)の扱いが大きいのは、この二人が戦前日本犯罪史のズバ抜けた著名人(?)である証拠。

 

は一般公募作品も含み掌編、コント、翻訳、犯罪実話もあるのだが、探偵小説として一応押さえといたほうがよさそうな作品だけ簡単に紹介しておこう。当り前だが新聞という性格上、一回分の量は雑誌に比べるとずっと少ない。(連)は連載ものを示す。

 

東震太郎 「黄色い影」「盗賊入門―死刑囚懺悔録―」
保篠龍緒 「指紋のナゾ」「窓ガラスの破片」「刑事手帖」(連)
香山滋  「呪いの古墳」(連)
城昌幸  「秘密の秘密性」(連)
楠田匡介 「雪」(連)(連)


中里十七 「五行會殺人事件」(連)
達海昇  「舞姫殺人事件」(連)
岩田賛  「花壇に降つた男」(連)
渡邉知枝 「赤い屋根の家」(連)
杉本章  「或る自殺者」(連)

 

『探偵新聞』における収穫は創作小説よりむしろ、若き中島河太郎青年のデビューとなった「日本探偵小説略史」。日本探偵小説ヒストリーを綴る彼の仕事はここからスタートしたのだ。

 

                      


他の場所なら今回の復刻を「バンザーイ、バンザーイ」と誉めそやして終わるのだろうが、私のBlogは正しい情報を伝えるのが基本姿勢なので、悪い点も指摘しておかなければ。現物の『探偵新聞』を手に取ったらまだ少しは文字が読み取りやすいのかもしれない。だが本書だと、序盤は大きめの倍率で複製され安心して読めるのだが次第に状態が粗くなり、元々組版も小さくなっていったのか、ここまで縮小しないと一冊に収まりきらなかったのか、どうにも読み取りにくい箇所が多いのには参った。冗談ではなく虫眼鏡がないと読めんわ。 



戦後のカストリ時代の印刷物は雑誌・仙花紙本問わず紙質も印刷技術も悪いから、文字の不鮮明な箇所があったり裏写りしてたりするのはよくある事で、そのような原本を使って今回のような影印本にすると、どうしてもこんな結果になってしまう。裸眼で本を読んでいる私でさえお手上げなのだから、老眼の人は一体どうするのだろう?いくら資料価値が高くても、文字が読み取れないのでは意味が無い。

 

                      


更に疑問に思うのは仕様というか価格。このような高額な復刻本だから三人社のように(『探偵小説研究 鬼 復刻版』の項を見よ)立派な函入りハードカバーなのかと思ったら、平凡社の「別冊太陽」シリーズみたいな作りで。      



発行元の金沢文圃閣は古本販売の他に書誌研究の専門書を制作販売しているし、大学の紀要の下受けも行っているらしい。だから彼らの作る本はおしなべて少部数だと思われるが、仮にこの『探偵新聞』復刻版を100部ロット(もしくはそれ以下の部数)で制作したとしても、〈別冊〉を抜きにした〈本体〉が19,800円というのは納得できる価格ではない。だって復刻した『探偵新聞』全54部の原本は今回の為にわざわざ購入した訳じゃないのだから、そこにコストはかかって無いはず。定価が約二万円になるほど一冊分の原価が本当に発生しているのか?




(銀) 例によって、またSNSで本書を入手した事を触れ回っている輩がいるけれど、こういう内容こういう価格だからネット上で購入自慢するのが目的ではなく真剣に読みたいと考えている方には残念ながら積極的に薦められない。『探偵新聞』に載っている内容を今後企画する新刊に部分収録したくなっても、正確なテキストが確定できないなら使えないじゃん。文字が殆ど読み取れるのだったら、もっと高い評価にしたのだが。



金沢文圃閣から通販で古本を買っても、発送にはゆうメールかゆうパックしか使わせてもらえずレターパックのような便利な手段は一切拒否されるという実に融通の利かない店だ。その割には今回のような新刊を買った時ゆうパックで発送されてきても(新刊の場合、送料は無料のようだが)、何ともきったないダンボールでの梱包。あれだけゆうパックを強制する割には、郵便局で売っているゆうパック専用BOXを使いもせず、Amazonとか通販サイトが送ってくるそこそこの梱包箱(の二次使用)でもない。セコい頑固さは迷惑の極みでしかない。