2021年1月7日木曜日

『ソーンダイク博士短篇全集Ⅰ/歌う骨』 R・A・フリーマン/渕上痩平(訳)

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国書刊行会
2020年9月発売



★★★★★    ベルティヨンの影




海外作品のシリーズものなら、同じ人がひとりで全篇翻訳しているほうがいい。先行してちくま文庫から出ていたソーンダイクものの長篇『オシリスの眼』『キャッツ・アイ』を引き継いで今回の短篇全集の訳も渕上痩平が担当、企画・編集は藤原編集室という理想的な布陣。

 

 

主要初出誌『ピアスンズ・マガジン』掲載当時の挿絵がふんだんに入っているのが嬉しい。本巻の挿絵画家はHM・ブロックによるものだが、「鋲底靴の男」だけは〝GF〟というフルネームのわからない人が描いている。ユニークなのは挿絵以外にも、作中で言及される証拠物件を写真で見せているところ。

 

 

『ジョン・ソーンダイクの事件記録』

〈まえがき〉 「鋲底靴の男」「よそ者の靴」「博識な人類学者」「青いスパンコール」

「モアブ語の暗号」「清の高官の真珠」「アルミニウムの短剣」「深海からのメッセージ」

 

『歌う骨』

〈まえがき〉 「オスカー・ブロドスキー事件」「練り上げた事前計画」

「船上犯罪の因果」「ろくでなしのロマンス」「前科者」


 

 

[A] 起きた事件の相談をするために、依頼者が探偵を訪ねてくる

[B] 探偵が現場を捜査する

[C] 探偵と警察が特定した犯人を捕縛する


これが一般的なミステリ短篇のよくあるパターンで、当然 [C] の部分がクライマックスとなる。ところがソーンダイク短篇の一番のヤマ場は [B] で、[C] の部分はあっさり片付けられ、時には犯人を捕らえ損ねたまま話が終わるものさえある。『歌う骨』のような二部構成でも〈倒叙〉形式にして、前半に犯罪の実行/後半にソーンダイクの捜査と推理とに分離されているが、[C] の要素が希薄なのは一緒。



最重要なのは How = どうやって犯罪が行われたか?を解明するプロセスにあって、犯人逮捕のサスペンスを書こうとはしていないしWhy そして特に Who についての比重がさほど重くない上に、ドラマティックに見せる演出も無い。それでも読み手を物語の中へ引き込んでしまうのがフリーマンの腕の見せ所。

 

 

アルフォンス・ベルティヨンという身体測定による個人識別などの科学捜査方法で知られる実在のフランス人がいて、彼の名はシャーロック・ホームズ物語にも出てくる。ソーンダイクの犯人割り出しはまさしくベルティヨンのそれをアップデートさせたかのようだ。フリーマンは法医学や病理学に秀でたソーンダイク博士の執筆に際し、ベルティヨンを意識していたんだろうか。




(銀) フリーマンといえば「アルミニウムの短剣」を三津木春影が翻案した「奇絶怪絶、飛来の短剣」。「喉切り隊長」や「悪魔に食われろ青尾蠅」もそうだけど「奇絶怪絶、飛来の短剣」って一度聞いたら忘れられないキャッチ・コピーだな。もっとも春影が作ったこのタイトルは、半分ネタバレしているから無闇にナイス!とも言いづらい。



日下三蔵の手掛けた本には表紙や帯にあれだけ図々しく日下の名がクレジットされているのに、藤原編集室の本の表紙と帯にはどうして彼のクレジットがドーンと記載されないのだろう?日下よりずっと丁寧な仕事をしているのに。それって出版社がアホなだけかもしれないし、単に藤原義也が奥ゆかしいからかもしれないけど。