2019年に復刊フェアの一冊として新カバーで再発。 長篇とは一味違ったクロフツ・ミステリの ヴァリエーションがいろいろ楽しめる。 以下、フレンチ警部の名を挙げていない作には彼は出てこない。
●「ペンパートン氏の頼まれごと」
英国人ペンパートンは毎月第一/第三火曜日にはビジネスの会合でパリへ通っている。 英国へ帰る列車の中で、彼の知人ヒル・ブルーク夫人の邸で女中として働いているという若い娘から「夫人の孫娘へ贈る品物を言付かったけれども、自分の婚約者が事故にあったので、 どうしても英国にいる孫娘のもとへ渡しに行けない。代わりに届けてもらえないだろうか」と 懇願され彼は快く引き受けた。 ペンパートンが帰宅すると執事は刑事課フレンチ警部の来訪を告げる。 結局ペンパートンはおろかフレンチまでも担がれてしまう羽目に。
●「グルーズの絵」
代理業者ニコラス・ラムリはスナイスなる客から依頼を受けた。それは、 「アーサー卿の所有している絵画がどうしても欲しいので代理で交渉してもらいたい。 ついてはその絵とスナイスの持っている極上の模写絵画とを交換してもらえたら、 三千ポンド払ってもよい」という内容。公明正大とはいえ奇妙なこの申し出に対し、 アーサー卿は財政的に困窮していたので結局絵画を引き渡す事に応じた。 すると王室美術院会員のダブスは、ラムリが買い取った絵の本物はまだルーブルの中にあり、 スナイスの欲する絵はたった四十ポンド程度の価値しかないと鑑定する。
●「踏切り」
スウェイトは五年前、自分よりも裕福な家の娘とつきあう為に会計上のインチキ行為をするが、その事を次席のジョン・ダンに知られてしまい、それ以来金をゆすられ続けていた。 スウェイトは自分の家からそう遠くない寂しい田舎道の踏切りでの殺人を図る。
●「東の風」
フレンチ警部が乗り合わせたプリマス行きの急行列車には、 宝石泥棒として逮捕した囚人ジェレミー・サンディスが護送されており、 ギャング仲間の襲撃によってサンディスは奪回される。 盗まれたまま、まだ回収されていない宝石を巡ってサンディス一味の企みを推理するフレンチ。
●「小 包」
これも「踏切り」同様、いやそれ以上にネチネチした恐喝者を遠隔操作にて殺そうというもの。魅力的な理化学トリックを暴くのは残念ながらフレンチ警部ではなく、 ちょっと変わった構成が採られている。
●「ソルトバー・プライオリ事件」
妻と休暇を楽しんでいたフレンチは、その土地を担当しているヘッドリー巡査部長から、 地元の有力者サー・チャールズ・グッドリフ自殺捜査の手助けを乞われて重い腰を上げる。 証拠を洗い出すにつれ銃器などに不審な点が出てくるが真犯人を確定する決め手には欠けた。 そこでフレンチとヘッドリーがトラップを仕掛けると、釣られたのは・・・。 (フレンチが妻を呼ぶ時、本書で「かあちゃん」と訳されているのは何か嫌だ)
●「上陸切符」
カールは会社の大金を横領する為に幾つものもの偽装工作をする。 そのひとつはフランスへの上陸切符を使ったもの。 カールの勤める保険会社へフレンチ警部が呼ばれた。 しかしカールの「三十ポンドうまくごまかすことができたのなら、 三万ポンドごまかせないという法はない」という理屈はそりゃ無謀だろ。
●「レーンコート」
これも踏切りでの列車事故に見せかけようとした上司殺し。 現場に向かうのはハッバード警部で上司のフレンチはエンディングで報告を聞く。
(銀) この短篇集の原書タイトル作は「急行列車内の謎」なのに『世界(推理)短編傑作集2』に入れてしまったという創元さんの都合で本書では割愛されているのが残念。クロフツの長篇といえば地味な捜査/足の探偵などと形容されるため〈警察小説〉と呼ばれがちなのだが、 短篇はフォーマットが短いせいか探偵小説が本来持っている〈びっくり箱〉的な刺激がある。
なんで本書を取り上げたかというと、今年は『F・W・クロフツ単行本未収録作品集』という クロフツ・ファンが作った本がリリースされたので。内容は「少年探偵ロビンのクリスマス」「シュラウド・ヴァレー危機一髪」のジュブナイル二篇、 「ゴース・ホールの謎」「ニュージーランドの惨劇」という犯罪実話二篇、 そしてコリンズ社の中で探偵小説の入る事は稀な「ポケット・クラシック叢書」という洋書にて「樽」がリイシューされた時に付された著者序文を収めている。
「ニュージーランドの惨劇」はDNA鑑定の無い時代でも科学捜査のチャレンジを楽しめるものなのだが、いつも言っているように実話は実話であって創作小説とは違う。この作品集について付け加えるなら、 作った人がアマチュアなので誤字があるのが惜しい。
『クロフツ短編集 1』はまた機会があれば、 その時に。