2020年10月23日金曜日

『小栗虫太郎ワンダーランド』

2014年2月19日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

沖積舎
1990年10月発売




  虫太郎が苦手な方、まずはこの本から試してみては?



小栗虫太郎ガイドブックと呼ぶには、通り一遍な全作品の簡単な粗筋と読みどころを紹介する ような構成を本書はとっていない。しかし彼の小説を読む程の晦渋さは無くて、虫太郎にトライしようとする人ならおそらく或る種の偏屈さを持ち合わせているだろうから、丁度いい塩梅ではないか。



昭和11年春陽堂文庫『完全犯罪』収録の「コント」や小文「馬來風物誌」が旧仮名のまま復刻 収録されていたりする。また、東雅夫・山下武・長山靖生・荒俣宏らによる論考と彼らの虫太郎読書体験も。横田順彌は「難しくついていけなくて人外魔境シリーズ以外は投げ出した」と言い西原和海は「読んでいるとなぜか途中で眠くなってしまう」と語る。この二人はわりと正直だ。二上洋一による児童ものとしての「成層圏魔城」、田中邦夫が分析する虫太郎ペダントリーの 意味解読もためになる。

 

 

本書の白眉は虫太郎令息・小栗宣治による「小伝・小栗虫太郎」と、虫太郎研究者・松山俊太郎vs 本書の責任編集者・紀田順一郎による対談。前者は虫太郎の人間性・来歴・日常が絶対的  肯定調で述べられていて面白い。後者は教養文庫版『小栗蟲太郎傑作選』全五巻を編集・校訂 した松山が魔境ものをあまり評価していないだけでなく、法水麟太郎ものも概してあまり好き ではないなんて洩らしているヒネクレぶりに苦笑する。

 

 

普段から「悪文」だと言われるのに、特集本でさえこんな意見が飛び出してくるのだから、小栗虫太郎は実に厄介な作家だ。ただ、単なる礼賛に終始するよりこういう本音も読めたほうが信頼できる。虫太郎のあのゴテゴテして何を言ってるのかよくわからん文章が嫌いだという探偵小説ファンもこの本は手元に持っていて損はない。




(銀) 錚々たる識者でさえ「虫太郎はようわからん」と言っているのに、2017年に作品社から『〈新青年〉版黒死館殺人事件』という分厚い本が発売された時にSNSで騒いでいるのを    けっこう目にしたけど、彼らの中であの本を(内容を全部理解する以前に)隅から隅まで読み 通した人って果してどの位いたんだろう。本を買った事を毎度わざわざアピールする輩に限って中身はちっとも読んでないからな。