2023年2月10日金曜日

『DINO』柳沢きみお

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小学館 ビッグコミックス
1994年9月発売(第12巻)




★★★★   「俺と父が味わった苦しみ、
                今度はきさまらが味わう番だ!!」




お気に入りな漫画のひとつ。ピカレスクな復讐物語でムチャクチャ面白いのにビッグコミックスの初刊本が出た後は紙の単行本で再発されていないらしく、柳沢きみおフリーク、あるいは当時の『ビッグコミックスピリッツ』連載を毎号読んでいた人を除けば、残念ながら忘れられた作品になってるっぽい。これではイカンと思い立ち、この漫画の存在意義を世に問う(?)のが今日のテーマ。左上にupしている書影はビッグコミックス『DINO』全12巻のうちの最終巻である。第十二巻のディーノの表情が好きなので、第一巻よりもこちらを選んだ。

 

 

プロローグ

老舗大手である丸菱デパート。その七代目社長・菱井丈一郎のひとり息子として菱井ディーノは誕生した。若くして亡くなった息子ディーノの名をエンツォ・フェラーリが自社の開発した新型フェラーリに命名した経緯に感激した丈一郎は、ダンディーな生き方を重んじ理想を追い求める性格から、自分の息子にもディーノと名付ける。

 

本来ならディーノは次期社長となるべき御曹司だった。ところが古くから丸菱で番頭格を務めてきた樽屋家の長・樽屋吾郎をはじめとする丸菱役員の陰謀により、菱井丈一郎は失脚させられてしまう。丸菱デパートだけでなく資産も奪われ妻にも見限られてしまい、失意の果て酒に溺れた丈一郎は肝硬変で死亡。両親を失った8歳のディーノは遠縁の杉野家に引き取られるが、杉野家の次女あや以外はみなディーノに冷淡で、彼は夢も希望もない日々を送らざるをえなかった。

 

そんなディーノが高校に入学したある日、丈一郎の旧友・須貝大二郎が現れ、世田谷区の住宅街にある小さな間取りの(しかし一人で暮らすには十分な)一軒家へディーノを連れてゆく。その家のガレージにはディーノが生まれた年に発売されたスーパーカー〝ディーノ206GT〟が。家と名車、いずれも父・丈一郎がディーノへの愛ゆえ、秘かに遺していてくれたものだった。かくてディーノはハッキリと自らの宿命を悟る。父を地獄に落とした連中に、父と同じ苦しみを味わわせなければならぬ。別人のように生まれ変わったディーノは猛勉強して東大を首席で卒業、杉野ディーノと名乗り、将来の幹部候補として丸菱デパートに入社。丸菱会長・樽屋吾郎の跡継ぎ息子で、同期入社でもある樽屋英雄の片腕になりすまして復讐に着手し始める。

 

 

 

頭が切れ、整った長身のルックスでどんな女性さえも落としてしまう。下手すれば白々しくなりがちなほどに一見非の打ちどころが無さそうな主人公ディーノだが、トラウマからくる精神的な弱さが彼にはあって、決して完全無欠ではない人間像がよく描けている。柳沢きみおの作画には好みが別れそうなクセがありつつも(あまり上手そうにみえない)あの絵が重苦しいストーリーとうまい具合に中和しているのもいい。これがもし池上遼一のように写実的なデッサンだったらリアルすぎて読者は読み疲れしそうだもの。

 

 

ディーノの勤務場所がハイブランド服飾売場であるとか、セックス描写が頻繁に出て来たりとか物語の骨子を包むこの辺のバブリーなテイストは、本作が連載された9294年頃のムードをダイレクトに放つ要素だ。個人的に「DINO」が書かれた頃というのは人生で一番楽しかった年代でいつも『スピリッツ』『ヤンジャン』を友達と回し読みしていたから、なんとなく懐かしささえ覚えてしまうけれど、LGBTにばかり口煩くなって異性愛をないがしろにする傾向にある現代人この漫画を読んでどう思うのだろう。「オンナを都合よく利用してユルセナイ!」って怒る女性もいたりするのかねえ。

 

 

瑕瑾が無い訳でもなくて、丸菱の人事課長が昔から丈一郎のシンパだったとはいえ、ディーノが隠している菱井のルーツが役員たちに全くバレずに済んでいるのは「ありえんだろ」と突っ込む輩もいるだろう。また、若い男とデキて菱井家を出ていったと序盤で説明されているディーノの母が後半になって登場するんだけど、そこで彼女が語る過去というのは〝若い男とデキて〟っていう当初の設定とは矛盾してないか?って首をひねる点もあったりする。でも、そういったモロモロをいっぺんに吹き飛ばすぐらい面白いストーリー。

 

 

ディーノの前に立ち塞がる敵もさまざま。特に最強の敵は樽屋吾郎らが雇う武闘派SPで、肉体的にも精神的にもディーノは絶体絶命の危機に追い込まれる。頭脳明晰な彼は自分を捕まえようとする者をどうやって撃破するのか。私はサラリーマン・ミステリは好きじゃないんだが、本作に関してはサラリーマン社会の描写、そしてその人間関係の中でのエロティックなシーンがいいし肉弾戦/心理戦とも高いテンションで描き込まれていて中弛みが無い。

 

 

 

 

といった感じで穏便に終了したいところだが、この作品を語るのであればどうしてもいくらかは結末について触れざるをえない。できる限りネタバレはしないように書くけれども、「DINO」を読んでなくて、終盤の核心部分に言及する以下の文章を読みたくない方はここから先スキップして下さい。

 

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目的のためには籠絡すべき女を抱き犯罪に手を染めるほど鉄の意志を持って、ひとりひとり丸菱役員に天罰を与えてゆくディーノ・・・なんだけど、木暮敦子が出てくる終盤あたりには雲行きが怪しくなってくる。普段は同期としていつもツルんでいる、ディーノの復讐の最終ターゲットである樽屋英雄に相対しなければならんのに、それをせぬまま、それまでの緊張感を放り投げたような無難な幕切れではイカンだろ。これまで悪事の限りを尽くしてきたディーノならば、樽屋英雄と何らかの応酬があった上、すさまじいラストで締めなければここまで付き合ってきた読者は納得しなかったんじゃないの?(少なくとも私は納得がいかない)

 

 

柳沢きみお作品について詳しい方にお尋ねしたいのだけど、ファンはこの終わり方で満足してるのだろうか?もしかして柳沢もまた『スピリッツ』編集部から「早く終われ」と強要されてこうなってしまったのか?結果として中盤にディーノが罠に嵌まりSPに捕まりそうになる流れの中で、ディーノの秘密を握ってキーパーソンとなる樽屋社長の娘・瞳(彼女はJKながらレズの悦びを家庭教師の女性に教え込まれている)を、いつまでもディーノのそばに置いておいたのが物語の足枷になってよくなかったかも。それまで息をもつかせぬ怒濤の展開だっただけに最後のほうの成り行きがどうしても悔やまれてならない。

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(銀) 着地点さえ間違わなければ、何のためらいもなく★★★★★にしたかった。そもそも、この物語の最大の問題はあのエンディングになって堅気な生活を送ろうとするディーノを、警察よりはるかにオソロシイ裏社会の友人・片桐は許してくれないんじゃないのか?って疑問が残ること。ヤクザは地球の裏側までも追ってくるんじゃなかったっけ。