お気に入りな漫画のひとつ。ピカレスクな復讐物語でムチャクチャ面白いのにビッグコミックスの初刊本が出た後は紙の単行本で再発されていないらしく、柳沢きみおフリーク、あるいは当時の『ビッグコミックスピリッツ』連載を毎号読んでいた人を除けば、残念ながら忘れられた作品になっているっぽい。これではイカンと思い立ち、この漫画の存在意義を世に問う(?)のが本日のテーマ。左上の書影はビッグコミックス『DINO』全12巻のうちの最終巻。第十二巻のディーノの表情が好きなので、第一巻よりもこちらを選んだ。
◖プロローグ◗
老舗大手である丸菱デパート。その七代目社長・菱井丈一郎のひとり息子として菱井ディーノは生まれた。エンツォ・フェラーリが若くして亡くなった息子ディーノの名を自社の開発する新型フェラーリに命名した経緯に感激した丈一郎は、ダンディーな生き方を重んじ理想を追い求める性格から、自分の息子にもディーノと名付ける。
本来ならディーノは次期社長となるべき御曹司だった。ところが古くから丸菱で番頭格を務めてきた樽屋家の長・樽屋吾郎をはじめとする丸菱役員の陰謀により、菱井丈一郎は失脚させられてしまう。丸菱デパートだけでなく資産も奪われ、妻にも見限られてしまい、失意の果て酒に溺れた丈一郎は肝硬変で死亡。両親を失った8歳のディーノは遠縁の杉野家に引き取られるが、杉野家の次女あや以外はみなディーノに冷淡で、彼は夢も希望もない日々を送らざるをえなかった。
頭が切れ、整った長身のルックスでどんな女性さえも落としてしまう。下手すれば白々しくなりがちなほどに一見非の打ちどころが無さそうな主人公ディーノだが、トラウマからくる精神的な弱さが彼にはあって、決して完全無欠ではない人間像がよく描けている。柳沢きみおの作画には好みが分かれそうなクセがありつつも、(あまり上手そうにみえない)あの絵が重苦しいストーリーとうまい具合に中和しているのもいい。これがもし池上遼一のように写実的なデッサンだったら、リアルすぎて読者は読み疲れしそうだもの。
ディーノの勤務場所がハイブランド服飾売場であるとかセックス描写が頻繁に出て来たりとか、物語の骨子を包むこの辺のバブリーなテイストは、本作が連載された92~94年頃のムードをダイレクトに放射している。個人的に「DINO」が書かれた頃というのは人生で一番楽しかった年代で、『スピリッツ』『ヤンジャン』をいつも友達と回し読みしていたから、なんとなく懐かしささえ覚えてしまうけれど、LGBTにばかり口煩くなって異性愛をないがしろにする傾向にある現代人はこの漫画を読んでどう思うのだろう。「オンナを都合よく利用してユルセナイ!」って怒る女性もいたりするのかねえ。
瑕瑾が無い訳でもなくて、丸菱の人事課長が昔から丈一郎のシンパだったとはいえ、ディーノが隠している菱井のルーツが役員たちに全くバレずに済んでいるのは「ありえんだろ」と突っ込む読者もいるだろう。また、若い男とデキて菱井家を出ていったと序盤で説明されているディーノの母が後半になって登場するんだけど、そこで彼女が語る過去というのは〝若い男とデキて〟っていう当初の設定とは矛盾してない?でも、そういったモロモロをいっぺんに吹き飛ばすぐらい面白いストーリーなのだ。
ディーノの前に立ち塞がる敵もさまざま。特に最強の敵は樽屋吾郎らが雇う武闘派SPで、肉体的にも精神的にもディーノは絶体絶命の危機に追い込まれる。頭脳明晰な彼は自分を捕まえようとする者をどうやって撃破するのか。私はサラリーマン・ミステリは好きじゃないんだが、本作に関してはサラリーマン社会の描写、そしてその人間関係の中でのエロティックなシーンが良く、肉弾戦/心理戦とも高いテンションで描き込まれていて中弛みが無い。
といった感じで穏便に終了したいところだが、この作品を語るのであれば、どうしてもいくらかは結末について触れざるをえない。できる限りネタバレはしないように書くけれども「DINO」を読んでなくて終盤の核心部分に言及する以下の文章を読みたくない方は、ここから先スキップして下さい。
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柳沢きみお作品について詳しい方にお尋ねしたいのだけど、ファンはこの終わり方で満足してるのだろうか?もしかして柳沢もまた、『スピリッツ』編集部から「早く終われ」と強要されて、こうなってしまった?結果として、中盤にディーノが罠に嵌まりSPに捕まりそうになる流れの中で、ディーノの秘密を握ってキーパーソンとなる樽屋社長の娘・瞳(彼女はJKながらレズの悦びを家庭教師の女性に教え込まれている)を、いつまでもディーノのそばに置いておいたのが物語の足枷になって、よくなかったかも。それまで息をもつかせぬ怒濤の展開だっただけに、最後のほうの成り行きがどうしても悔やまれてならない。
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(銀) 着地点さえ間違わなければ、何のためらいもなく★★★★★にしたかった。そもそも、この物語の最大の問題は、ああいうエンディングになって警察よりはるかにオソロシイ裏社会の友人・片桐が、堅気の生活を送ろうとするディーノを見逃してくれないんじゃないのか?という疑問が残ること。ヤクザは地球の裏側までも追ってくるんじゃなかったっけ。