戦後日本の探偵小説界には本格派と文学派の対立があり、昭和25年に起きた「抜打座談会」事件はつとに有名。その「抜打座談会」に出席し、本格派の一員として孤塁を守ったのが岡田鯱彦。そのわりに彼の書くものはロジックの印象が薄く、青春群像とも言うべき登場人物の描写のほうが記憶に残っていたりして、意外と資質的には文学派寄りなのかもしれない。
✿ 「噴火口上の殺人」
探偵クラブ『薫大将と匂の宮』(国書刊行会)/本格ミステリコレクション②『岡田鯱彦名作選』(河出文庫)に再録
✿ 「地獄から来た女」
本格ミステリコレクション②『岡田鯱彦名作選』(河出文庫)に再録
東北N市にある電機製造工場の技師・夏川秀彦は女癖が悪い。キャバレーのNo.1ダンサー緋紗子を自分のものにするため相当の金が必要になり、工場主の一人娘・道子を誘惑する。こういった場合、たいてい金ヅルの女はブサイクだったり難のある性格に設定されるものだけど(下段の「偽裝強盗殺人事件」を参照)、道子はブサイクでもなければヤな奴でもない。それなのに秀彦は道子を山へ誘い込み、断崖から突き落として亡き者にしようと企む。「完全犯罪だ」とほくそ笑む秀彦だが、これ又たいしたトリックは無い。
✿ 「毒唇」
✿ 「死の湖畔」
本格ミステリコレクション②『岡田鯱彦名作選』(河出文庫)に再録
冒頭と結末の部分を宿屋の女中、それに挟まれた本編を第三者の視点という具合に、異なる二種の語り口で構成するのはあまりスマートじゃない。湖畔の宿にやって来た尾形と美千枝。そこで尾形は幼馴染だった美千枝の兄が死んだのは自分のせいだと告白する。でも、これって計画的な殺人なんかじゃなく過失レベルの事故だし、オチにしても読者はしっくりこないと思うぞ。
✿ 「偽裝強盗殺人事件」
醜い外見の溝口清作は自分を使っている工場主の一人娘・市子と結婚、金銭的には裕福になったのだが、「地獄から来た女」のシチュエーションとは異なり、この市子というのが誰からもゴメンナサイされる位の醜貌で性格も悪い。結婚を後悔していた清作は苦労を背負っている美人ダンサーの百合江と出逢い、巨額の金を投じて妾のように彼女を囲う。こうなると当然愛情の欠片も無い妻が疎ましくなる訳で、首尾よく清作は市子を殺害するのだが・・・。結末にはブラック・ジョーク的な色合いもあるとはいえ、清作の犯罪がバレるくだりが少々言葉足らず。
✿ 「巧弁」
本格ミステリコレクション②『岡田鯱彦名作選』(河出文庫)に再録
若い女と温泉宿に泊まっている剛田俊介は年齢のせいもあって早くに目が覚め、ひとり夜明けの湖水を眺めていたところ、手漕ぎボートに乗って近付いてきた見知らぬ老人に声を掛けられる。湖上での化かし合いはともかく、カナヅチゆえ全然泳げない俊介が躊躇いも無く老人のボートにホイホイ乗ってしまうのが不自然極まりない。
✿ 「目撃者」
みどりには結婚したい相手がいるが、そのためにはヒモとしての関係を要求してくる凶悪な男・前沢猛をどうにかしなければならない。夜になり、みどりの部屋に前沢がやってきた。それを離れた旅館の窓からみどりの友人・銀子と四十男・八百辰の二人が監視している。もしもみどりの身が危うくなった時には、拳銃を撃ってでも助けると嘯く八百辰だったが、前沢はぶっ倒れて死んでしまった。地味な内容なれど、本書の中では最もトリックの策を講じている。後味も良し。みどりと銀子は夜の女?
✿ 「愛(イロス)の殺人」
論創ミステリ叢書 第78巻『岡田鯱彦探偵小説選Ⅱ』に再録
(銀) 岡田鯱彦の小説には断崖や樹海といった、人の来なさそうな舞台背景がよく使われる。作者のどんな深層心理によってそういうものが作品の中に描かれるのか、サイコロジストが鑑定したら興味深い結果が出るに違いない。それはともかく長篇「樹海の殺人」は何故復刊されないの?