延原謙が翻訳した「トレント最後の事件」単行本一覧はこちら。
『トレント最後の事件』 黒白書房 昭和10年刊
『 〃 』
雄鶏社/おんどり・みすてりい 昭和25年刊
『 〃 』 新潮社/探偵小説文庫 昭和31年刊
『 〃 』
新潮文庫 昭和33年刊
本書・新潮文庫版の解説にて延原はこう述べている。
〝私がこの作をはじめに訳したのは昭和十年で、当時は出版社の意向もあり、かつそれが当時の一般的傾向でもあったので、枚数制限を行ったが、こんどは機会を与えられたので、全体を検討して約九十枚を補綴して完全を期した。文字の使用法もできるだけ当用漢字法に従いたかったが、多少は当用漢字以外の字も使わざるをえなかった。その場合はなるべくふりがなをつけるように心がけた。
一九五八年秋 訳 者
一見「トレント最後の事件」を初めて完訳したのは新潮文庫版のように受け取れるけれど、この二年前、同じ新潮社が出していた探偵小説文庫版で既に完訳し、それをそのまま新潮文庫のテキストに流用している可能性もある。抄訳だった戦前の黒白書房版と新潮文庫版しか持っていないのでハッキリ断定はできないが、もし最終形の延原謙「トレント最後の事件」完訳を読みたいのなら、本書を入手しておけばまず間違いはない。
〈黒白書房〉 〈新潮文庫〉
序曲 第一章 序曲
凶報 第二章 凶報
朝の食事 第三章 朝の食事
眼の中の捕繩 第四章 眼の中の捕繩
寢室にて 第五章 寝室にて
バナーの推定 第六章 バナーの推定
電報 第七章 黒衣の婦人
査問會 第八章 査問会
恐ろしき事實 第九章 恐ろしき事実
生ける屍 第十章 生ける屍
トレントの報告 第十一章 トレントの報告
トレントの苦惱 第十二章 トレントの苦悩
夫人の告白 第十三章 夫人の告白
挑戰狀 第十四章 挑戦状
マーロウの告白 第十五章 マーロウの告白
意外な結末 第十六章 意外な結末
目次比較からも明らかなように、いくら黒白書房版が抄訳だからといって肝心な箇所まで削ってはいない。新潮文庫版では各章にナンバリングし、第七章の章題を「電報」から「黒衣の婦人」へ変更。全体の語り口を特にいじることはせず、旧訳の〝将棋〟表記を〝チェス〟に直したり、「そこまで詳しく形容しなくてもいいんじゃね?」と延原が判断したくだりを黒白書房版のテキストではあちこちスキップしていたため、それらの復元に努めている。