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小壺天書房
1958年4月発売
★★★ 第二部をもっと有効に活かしていれば
三部構成の長篇。
奥秩父と雖も、関東のどの辺りに位置するのかはっきりしない笠石という部落。
義務教育以上の学校に進学する住民は殆どおらず、訪れるのは湯治客や登山者ばかり。
斯様に近代発展から取り残されたような僻地にも、数える程だが鄙びた旅館がある。
その旅館の子で鶴屋の娘・輿石千代、金山荘の息子・井村登、
また、父親とたったふたり人里離れて暮らす河西和吉、
この三人を中心に物語は転がり始める。
「猟人」とは部落民と交流の無い猟師・茂十を父に持つ和吉のことであろう。
第一部は小学生時代。
野人の子そのものの和吉は山林の中でこそすばしっこいけれど、
口数少なく頭も悪そうだし、鮭色の濁った白目といい、外見が不気味なので、
子供達からなんとなく一線を引かれている。そんな和吉が平生見つめているのは、
この部落一番の金持ちで、お姫様的存在な千代のこと。
一方、甘やかされて育ったため、周りに我儘かつ勝気な態度を取りがちな千代。
旅館の子同士、おとなしく内向的な登と一緒に遊ぶ機会が多い。
幼年期の出来事では千代と登が金山荘の一角にある「明かずの間」(ママ)を探検、千代の入浴をしょっちゅう覗きに来ていたと思しき和吉の行動に気付き、和吉のほうもそれに感付いて逃げ去るエピソードを押さえておきたい。
第二部。
大学に入った登は池袋のアパート・千歳荘に部屋を借り、部落と対照的な街の生活を送る日々。かつて千代の太腿にエロスを感じていたが、此処でも〝性〟に翻弄されている。それはさておきやさぐれた千歳荘の住人達にまつわる話はひとつところをグルグル回っていて、先に繋がる要素が少なく、前段行方知れずだった茂十の妻(=和吉の母)は姿を見せるものの、中弛み感ハンパない。市井の人々が目先の明日をダラダラ生きる光景はこの作者らしい。でも私は自然の神秘や厳しさを幻惑的にペインティングしている伊藤人誉のほうが断然好きだな。
そして第三部。再び舞台は笠石へ。千代と登の婚礼が行われたあと季節は移ろい、山の頂にある無人小屋付近に猟銃を携えた気味の悪い山男が出没するとの怪情報が登山者から伝わってきた。部落民はそれが和吉だとピンと来ても、何故そんな所をうろついているのか理由が分からない。そうこうしているうち、無人小屋で若い女性が連れ去られる事態発生。登を含む部落の男は人数を駆り集めて山嶺へと向かう。
薄々匂っていた伏線がここに来て表出、山場を迎える本作。あの津山事件(☜)ほど血みどろの惨劇にはならないが、千代の身に起こる異変は別の意味でコワイ。全体を振り返ってみて、寒村と東京の対比は必要だったとしても、第二部の停滞は悔やまれる。
(銀) 「~ずら」と喋っている登場人物がいるので、山梨~長野あたりの部落をイメージして書かれた可能性高し。〝笠石〟をGoogle Mapで探してみたが、甲斐市にそれらしき地名が見つかるだけで作中に描かれている地勢とは一致しない。あれは架空の地だったか。
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