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The Film Detective Blu-ray Box(4枚組)
2021年12月発売
★ こんなモリアーティは見たくない
前回は北米盤ブルーレイBOXセット『The Sherlock Holmes Vault Collection』のDisc-4収録「A Study In Scarlet」(☜)を単独で取り上げたが、今回はDisc-1~3にそれぞれ収められているアーサー・ウォントナー主演シャーロック・ホームズ映画三作を見てゆく。アーサー・ウォントナー版ホームズは全部で五作あり、そのうち第二作「The Missing Rembrandt」と第三作「The Sign of Four」は、このBOX未収録。
映画の内容を語る前に注意点を幾つか。まず画質だが「Newly Restored」とは名ばかり、Disc-4「A Study In Scarlet」ほどボヤけてはいないものの、気軽に購入を勧められるクオリティーとは言い難い。35mmフィルムが発掘できず、仕方なく16mmフィルムを使わざるをえなかったのかもしれないけど、この仕上がりに高評価は付けられないな~。
そしてDisc-3~4はともかく、Disc-1~2は登場人物がまだセリフをしゃべっている最中なのに、英語字幕の表示が短すぎて、ひとつひとつの会話内容を目で追えない。本来字幕とは別言語の国の人や耳の不自由な人のためだけでなく、フィルムの損傷が激しくてセリフを聴き取り辛い作品の鑑賞をサポートする目的もある。このメーカー、ちゃんとそれを理解してる?
♛ Disc-1「Sherlock Holmes' Fatal Hour」(1931)
シャーロック・ホームズ(左/アーサー・ウォントナー)
アーサー・ウォントナー版ホームズはUK製作。「Sherlock Holmes' Fatal Hour」は米国公開時のタイトルであり原題は「The Sleeping Cardinal」という。以下、三作とも出演している役者はアーサー・ウォントナーの他、ワトソン役のイアン・フレミング及びハドソン夫人役ミニー・レイナーの二名。
「空家の冒険」にスポットを当てつつ、脚本に取り入れているのはロナルド・アデア卿のカード賭博に関する部分だけ。ホームズのベーカー街帰還を省略する以上、虎のような危険人物セバスチャン・モラン大佐の暗躍をどれだけ煽情的に見せてくれるかがポイントのはず。だのに本作の犯人はモリアーティ教授って・・・。
♛ Disc-2「The Triumph Of Sherlock Holmes」(1935)
モラン大佐(左/ウィルフリッド・ケイスネス)
モリアーティ教授(右/リン・ハーディング)
ベースは長篇「恐怖の谷」。バールストン館の殺人事件だけでなく、回想扱いで手短ながらバーディー・エドワーズがマッギンティ一味を壊滅させる迄の流れも描いているところは悪くない。しかしベン・ウェルデンという俳優の演じるテッド・ボールドウィンがちっとも札付きのワルに見えないばかりか、モリアーティとモラン大佐のコンビが実に安っぽくちょこまか動き回るので結果すべて台無し。
♛ Disc-3「Silver Blaze」(1937)
ベースは「銀星号事件」。「バスカヴィル家の犬」事件から相当年月が経っているらしく、父親になったヘンリー・バスカヴィル卿が旧知のホームズを屋敷へ招待。よくわからんけどクーム・トレイシーの近くに銀星号の厩舎があるみたい。競馬場のシーンなんかは意外と良さそうに見えたがモラン大佐が騎手を狙撃したり、毎度の事ながら興醒め。それより不審者のフィッツロイ・シンプソンが姿を現わす夜の厩舎のくだりを原作どおりに撮ってほしかった。
【 ホームズ/ワトソン/ハドソン夫人 】
アーサー・ウォントナーは骨格だけ見ればシドニー・パジェットの描くホームズにかなり近い。だが頭髪が薄くウォントナー自身五十を過ぎていることもあって、老けた印象を与えてしまう。スチールなどで真横からのショットを見るとシドニーの挿絵そっくりなだけになんとも惜しい。それとウォントナーの扮するホームズはドレッシング・ガウンをはじめ着ているものがやや草臥れて見えるのもイマイチ。名探偵なら着こなしもそれなりじゃないとね。
映像のワトソンは間抜けな男にされがちだけど、イアン・フレミングのワトソンは普通に紳士で口髭もあるし、ホームズと身長のバランスも釣り合っている。大きな欠点は無い。ミニー・レイナー演じるハドソン夫人は太った下町のオバちゃんなのか?ミスキャスト。
ワトソン(中央/イアン・フレミング)
ハドソン夫人(ミニー・レイナー)
【 Too Bad 】
このシリーズを★一つにした要因は、ソフトとしての作りの甘さもさながら、悪役のショボさ、モリアーティの大安売り、それに尽きる。ホームズを脅かす強敵でもなんでもないモリアーティとモラン大佐は只のチンケな悪党。「The Triumph Of Sherlock Holmes」に出てくるテッド・ボールドウィンまたしかり。私の思うモリアーティとは日本人だったら伊丹十三なんだがな。
「Sherlock Holmes' Fatal Hour」のモリアーティ教授
(左から二人目/ノーマン・マッキネル)
「The Triumph Of Sherlock Holmes」「Silver Blaze」のモリアーティ教授
(リン・ハーディング)
この男が〝犯罪界のナポレオン〟って冗談だろ?
現在ブルーレイで観ることのできるウィリアム・ジレット版ホームズは正典に沿ったストーリーじゃないし、ベイジル・ラズボーン版ホームズの脚本だってドイルの小説とはほぼ無関係。それを考えればアーサー・ウォントナー版ホームズはまだ原作を意識しているぶん好感を持てなくもない。でもあのモリアーティじゃあねえ・・・。所詮、映画屋さんもテレビ屋さんもミステリが好きで原作を忠実に映像化する人などいやしないのは海外も日本も一緒なのでありましたとさ。
(銀) 過去に取り上げた1929年の独サイレント映画「Der Hund Von Baskerville」(☜)と本シリーズを並べてみると、カーライル・ブラックウェルよりアーサー・ウォントナーのほうがシルエット的にはずっとホームズっぽいし、ワトソンなんて比較対象にならないぐらいイアン・フレミングのほうがマシ。おまけに前者は途中のリールが欠損していて不完全な状態でしか観れない。
それでも面白いもので私はアーサー・ウォントナー版ホームズよりカーライル・ブラックウェル版ホームズのほうがイイ。要は原作の世界観をどれだけ壊さずにいられるか・・・そこさえ守っていれば、仮に正典から外れたオリジナル・ストーリーであっても楽しめるような気がする。