2025年5月31日土曜日

『白日鬼』蘭郁二郎

NEW !

春陽文庫
2025年5月発売



★   二十五年前の光文社文庫式言葉狩りを踏襲




今日は蘭郁二郎長篇「白日鬼」に関する初出・初刊データから見てもらおうと思う。

 

 昭和103

同人誌『探偵文学』(月刊)創刊。

 

 昭和1110

「白日鬼」第一回、『探偵文学』第二巻第十号に掲載。連載開始。

 

 昭和1111

「白日鬼」第二回、『探偵文学』第二巻第十一号に掲載。

 

 昭和1112

「白日鬼」第三回、『探偵文学』第二巻第十二号に掲載。
この月をもって『探偵文学』は表面上廃刊。
12月号時点での発行元・古今荘はそのままに、『探偵文学』の巻号数を引き継ぎ、
次月より雑誌名を『シュピオ』と変更した上で続行。

 

 昭和121

「白日鬼」第四回、『シュピオ』第三巻第一号に残りのぶんを一挙掲載して完結。

 

 昭和169

「白日鬼」、『孤島の魔人』と改題され大白書房より初の単行本化。




平成12年、光文社文庫が「幻の探偵雑誌」というアンソロジーを刊行開始、三冊目にあたる『「シュピオ」傑作選』に初出誌テキストを用いて「白日鬼」は再録された。戦前以来の単行本収録だったのだが、過去の記事(☜)にてお伝えしたとおり何食わぬ顔で言葉狩りしている箇所が判明、そりゃ落胆したわ。そのあと初刊本『孤島の魔人』に準拠した正しいテキストで本作が復刊されるでもなく、平成30年刊『地底大陸』(河出書房新社)を最後に、蘭郁二郎の本は出ていない。そこへ再び「白日鬼」名義による春陽文庫からの新刊なのだが・・・。






「白日鬼」連載中の『探偵文学』『シュピオ』バックナンバーを私は所有していないので、発表当時の本来あるべきテキストを知るとなると、「白日鬼」初刊本『孤島の魔人』(大白書房)に頼るしかない。二十五年前、光文社文庫『幻の探偵雑誌 3 「シュピオ」傑作選』には次のような言葉狩りが行われていた(探せばもっと出てくるかも)。


■ 光文社文庫版『幻の探偵雑誌 「シュピオ」傑作選』所収「白日鬼」

267頁13行目

〝 と覗き込んだ。このは話し好きらしかった。〟



同じパートを初刊本で確認すると、こうなっている。

 大白書房版『孤島の魔人』

193頁11行目

〝 と覗込んだ。この低腦兒は話し好きらしかつた。〟

参考までに、初刊本の現物該箇所も御覧頂く。以下、必要に応じクリック拡大してどうぞ。


で、今回の本はどうかといえば、

 春陽文庫版『白日鬼』

188頁7行目

〝 と覗き込んだ。このは話し好きらしかった。〟


二十五年前に光文社文庫がやった改悪パターンを踏襲しているではないか!
昭和10年代、〝低腦兒〟という言葉を排除する風潮などあるはずもなく、雑誌発表時に何らかの横槍で〝この低腦兒〟から〝この男〟へ変更させられ、自著である『孤島の魔人』に収める際、ようやく元の〝低腦兒〟へ無事戻すことができた・・・なんて内幕はまず考えられない。

春陽文庫版『白日鬼』は光文社文庫を真似て岡村夫二男の挿絵を収録するばかりか、その挿絵の数が光文社文庫版「白日鬼」より増えている。なら当然『探偵文学』『シュピオ』の現物(最低でもコピー)は入手しているだろうに、まさか挿絵以外のテキストは光文社文庫版「白日鬼」のテキストを底本にでもしたのか?(この本、底本が何なのか明記されていない)



他にも、こんな改悪箇所がある。

 光文社文庫版『幻の探偵雑誌 「シュピオ」傑作選』所収「白日鬼」

363頁13行目

 泰堂先生は平然としていた。寧ろその音楽を楽しんでおられるかのようであった。
 その中ラジオは昼間のニュースに移った。



 大白書房版『孤島の魔人』

325頁11行目

 泰堂先生は平然としてゐた。寧ろその音樂を楽しんでをられるかのやうであつた。
「ニユースといふ奴は便利だナ、第一早いし、盲でも解る・・・・・・」
「聾には駄目ですねー」
「成るほど、一本参ったナ、ハツハツハ」
 その中ラヂオは晝間のニユースに移つた。

上段に挙げた光文社文庫版テキスト二行の間には、もともと白文字で表示した「ニユースといふ奴は」から「ハツハツハ」までの部分が存在していた。それを光文社文庫版「白日鬼」は完全に削除している。

再び初刊本の現物を。御手数だがクリック拡大する時、右画像から左画像へと見て頂きたい。


 春陽文庫版『白日鬼』

308頁4行

 泰堂先生は平然としていた。寧ろその音楽を楽しんでおられるかのようであった。
 その中ラジオは昼間のニュースに移った。


このくだりも春陽文庫は光文社文庫に倣い、同じ三行をそっくり削除。
要するに「低腦兒」「盲(めくら)」「聾(つんぼ)」、
この三つの言葉が標的にされちゃったと。




日下三蔵の唯一褒められるところといったら、自分の作る復刊本にて絶対に編集部の言葉狩りを許さぬ姿勢だったんだが、いよいよこの男もヤキが回ったか。ま、しかしこんな下らぬコンプライアンスの犬になるのは、いつも出版社の編集部。春陽堂書店にしても、近年復活してから以前のような言葉狩りはしなくなったと思っていたら、この為体(ていたらく)だ。

最も看過できないのは、これだけ言葉狩りをしておきながら「本作品中に差別的ともとられかねない表現が見られますが、著者がすでに個人であることと作品の文学性・芸術性に鑑み、原文のままとしました」なんて事実に反する大噓をヌケヌケとホザいていること。こいつら本当に出版界の人間?






(銀) 横溝正史『死仮面』甲賀三郎『盲目の目撃者』から始まった春陽文庫と日下三蔵の日本探偵小説復刊本。いつもならば自分の編纂したものには大抵【日下三蔵・編】とクレジットしていたのに、このシリーズは珍しく見当たらない。つまりそれが今回自分の作った本において言葉狩りを容認するサインだったってことね。